執筆・コラム
命ぐすい 耳ぐすい 沖縄タイムス社 平成19年8月1日掲載原稿
糖尿病の合併症の恐さについて
糖尿病は血液の中の糖分が多くなる病気ですが、血糖が高いだけでは糖尿病は恐くありません。のどが乾いたり、おしっこがたくさん出たり、体がだるくなる程度です。中には高血糖によるアシドーシス(血液が酸性になること)や高浸透圧(血液が濃くなること)によってボーッとしたり意識が無くなったりしますが、特定の患者さんや特殊な状況でしかそういうことはおこりません。大部分の糖尿病患者さんは高血糖による症状は軽いのです(高血糖。また、次第に高血糖にも体が馴れてきて、多少のだるさはあるものの普通の生活は可能です。しかし、これこそがくせ者なのです。
糖尿病は恐い病気といわれていますが、糖尿病の恐さは合併症の恐さです。では合併症とは一体なんでしょうか。糖尿病の合併症はすなわち血管の障害です。血管の障害とは血管が狭くなったり、つまったりしておこる臓器の障害です。これは長い間、高血糖の状態が続くことによっておこります。
合併症の側から糖尿病をみてみます。合併症をおこすにはかなり長い間、高血糖状態を続けなければなりません。高血糖によって症状がでることは、合併症にとって都合が悪いことなのです。血糖が上がって身体のどこかが痛くなれば合併症はまずおこらないでしょう。何故なら痛んだら何とかして血糖を下げようとするだろうからです。高血糖は痛くなく、ゆっくりとしかし確実に合併症をおこしていきます。
D.M.さんという人のお話をします。D.M.さんは四十歳のころのある時期から、のどが乾き、おしっこがたくさん出はじめ、身体がだるくなりました。かなり恰幅のよかった身体がスマートになっていきます。D.M.さんは、変だなとは思いましたが、仕事が忙しいため気にしないようにしていました。1、2ヶ月後にはだるさは多少あるもののかなり元気になっています。仕事のつきあいでたくさん食べたり飲んだりした後は、同じようにのどが乾き、おしっこがたくさん出ますが2、3日でよくなります。
四十五歳のころから目がかすむ感じがしはじめ、五十歳ごろには、新聞の字がかすんで見えにくくなっています。なんとなく手の指先が変な感じです。そういえば足のゆびも同じく変です。おしっこをするといつも泡がなかなか消えません。五十五歳ごろ、新聞の字がかなり見えなくなっています。眼鏡を替えても変わりません。手のひらと足の裏の変な感じ、例えていえば何か薄い紙が履物と足の間に一枚はさまっているような、また、ジリジリするような不快な感じがいつもあります。おしっこの泡は多くなっているみたいです。なんだか足が太くなった感じで、すね毛が薄くなっています。ケガが治りにくく、治った後が黒ずんでいます。
さすがのD.M.さんも、自分の身体に何かがおこっていると感じます。テレビで言っていた糖尿病かもしれないと思いますが、病院にいく勇気がありません。何となくもうどうでもいいやという感じです。なんとか仕事はできます。六十歳になりました。仕事も息子に引き継ぎ、奥さんに引きずられる形で診療所を受診します。診察と血液検査と尿検査の結果、糖尿病によると思われる腎不全と神経障害があり、糖尿病治療で有名なH.L.病院を紹介されます。糖尿病センターでのY先生の診察の後、合併症担当のK先生を紹介されます。K先生から、血液透析が近いこと、狭心症の疑いがあること、足にいく血管が狭くなっていることを告げられます。眼科のM先生の受診をすすめられ、検査を受けると光凝固という治療が必要といわれます。目の前が真っ暗になります。
1年後。D.M.さんは透析室のベッドの上で、胸に残る半年前の心臓の手術の傷跡をさすりながら、あさっての足の血管の風船治療のことを考えています。狭くなっている血管を風船で拡げて、血液の流れをよくして、運動しやすくして足を切ることを予防しようとのK先生の話です。そういえば、だいぶ前から脚がだるくなるため、友だちの歩くスピードについていけなくて休憩が必要でした。 おれがなにをしたというんだ、仕事も一生懸命やったし、いい夫、いい父親だったじゃないか。そうです。糖尿病の合併症は人を選びません。善い人、悪い人の区別をつけません。目だけとか、腎臓だけとか、心臓だけとかの区別もつけません。ただ、血糖が高い状態が二十年もあればできあがるのです。
D.M.さんは実在しません。しかし、今日もたくさんのD.M.さんがかつれん内科クリニックの外来を訪ねます。
掲載紙面の画像はコチラ
糖尿病の合併症の恐さについて
糖尿病は血液の中の糖分が多くなる病気ですが、血糖が高いだけでは糖尿病は恐くありません。のどが乾いたり、おしっこがたくさん出たり、体がだるくなる程度です。中には高血糖によるアシドーシス(血液が酸性になること)や高浸透圧(血液が濃くなること)によってボーッとしたり意識が無くなったりしますが、特定の患者さんや特殊な状況でしかそういうことはおこりません。大部分の糖尿病患者さんは高血糖による症状は軽いのです(高血糖。また、次第に高血糖にも体が馴れてきて、多少のだるさはあるものの普通の生活は可能です。しかし、これこそがくせ者なのです。
糖尿病は恐い病気といわれていますが、糖尿病の恐さは合併症の恐さです。では合併症とは一体なんでしょうか。糖尿病の合併症はすなわち血管の障害です。血管の障害とは血管が狭くなったり、つまったりしておこる臓器の障害です。これは長い間、高血糖の状態が続くことによっておこります。
合併症の側から糖尿病をみてみます。合併症をおこすにはかなり長い間、高血糖状態を続けなければなりません。高血糖によって症状がでることは、合併症にとって都合が悪いことなのです。血糖が上がって身体のどこかが痛くなれば合併症はまずおこらないでしょう。何故なら痛んだら何とかして血糖を下げようとするだろうからです。高血糖は痛くなく、ゆっくりとしかし確実に合併症をおこしていきます。
D.M.さんという人のお話をします。D.M.さんは四十歳のころのある時期から、のどが乾き、おしっこがたくさん出はじめ、身体がだるくなりました。かなり恰幅のよかった身体がスマートになっていきます。D.M.さんは、変だなとは思いましたが、仕事が忙しいため気にしないようにしていました。1、2ヶ月後にはだるさは多少あるもののかなり元気になっています。仕事のつきあいでたくさん食べたり飲んだりした後は、同じようにのどが乾き、おしっこがたくさん出ますが2、3日でよくなります。
四十五歳のころから目がかすむ感じがしはじめ、五十歳ごろには、新聞の字がかすんで見えにくくなっています。なんとなく手の指先が変な感じです。そういえば足のゆびも同じく変です。おしっこをするといつも泡がなかなか消えません。五十五歳ごろ、新聞の字がかなり見えなくなっています。眼鏡を替えても変わりません。手のひらと足の裏の変な感じ、例えていえば何か薄い紙が履物と足の間に一枚はさまっているような、また、ジリジリするような不快な感じがいつもあります。おしっこの泡は多くなっているみたいです。なんだか足が太くなった感じで、すね毛が薄くなっています。ケガが治りにくく、治った後が黒ずんでいます。
さすがのD.M.さんも、自分の身体に何かがおこっていると感じます。テレビで言っていた糖尿病かもしれないと思いますが、病院にいく勇気がありません。何となくもうどうでもいいやという感じです。なんとか仕事はできます。六十歳になりました。仕事も息子に引き継ぎ、奥さんに引きずられる形で診療所を受診します。診察と血液検査と尿検査の結果、糖尿病によると思われる腎不全と神経障害があり、糖尿病治療で有名なH.L.病院を紹介されます。糖尿病センターでのY先生の診察の後、合併症担当のK先生を紹介されます。K先生から、血液透析が近いこと、狭心症の疑いがあること、足にいく血管が狭くなっていることを告げられます。眼科のM先生の受診をすすめられ、検査を受けると光凝固という治療が必要といわれます。目の前が真っ暗になります。
1年後。D.M.さんは透析室のベッドの上で、胸に残る半年前の心臓の手術の傷跡をさすりながら、あさっての足の血管の風船治療のことを考えています。狭くなっている血管を風船で拡げて、血液の流れをよくして、運動しやすくして足を切ることを予防しようとのK先生の話です。そういえば、だいぶ前から脚がだるくなるため、友だちの歩くスピードについていけなくて休憩が必要でした。 おれがなにをしたというんだ、仕事も一生懸命やったし、いい夫、いい父親だったじゃないか。そうです。糖尿病の合併症は人を選びません。善い人、悪い人の区別をつけません。目だけとか、腎臓だけとか、心臓だけとかの区別もつけません。ただ、血糖が高い状態が二十年もあればできあがるのです。
D.M.さんは実在しません。しかし、今日もたくさんのD.M.さんがかつれん内科クリニックの外来を訪ねます。
掲載紙面の画像はコチラ
